荷物であふれた叔父の家が空になった日の話

叔父の家の遺品整理は、2024年の春でした。

朝から夕方まで、私はほとんど家の中に入っていません。

それでも、座っている時間はありませんでした。

立ち会った側の人間がその日何をしていたか、というお話です。

ひより

叔父さんの家の片付けの日は春にしては暑かったわ〜

しゅん

俺は仕事だったんだよな

ひより

私、少し遅れちゃって着いた時にはもう始まってた

しゅん

ほかの人がいてくれてよかったな

目次

ご近所への挨拶

私は車で向かいました。ところが道が混んでいて、ナビが選んだ経路もはずれでした。着いたのは作業開始の10分後です。

すでに親戚が5人、着いていました。電車で来た3人を、車で来た2人が駅で拾ってくれています。

その5人の立ち会いのもとで、作業はもう始まっていました。

着いてすぐの私の仕事は、ご近所へのご挨拶です。

叔父の家は私道の突き当りにあります。その私道の両側4軒に、お茶を持ってうかがいました。

本当は前もってご挨拶しておくほうがよかったのだと思います。ただ、そのためだけに誰かが出向くのは日程の調整が難しく、当日の朝いちばんに、と考えていました。そう考えていた本人が遅刻しています。

業者のトラックが着いたのと同時に、ベランダから様子をうかがっていたお宅もあったそうです。

「今日で終わるの?」

「空にするの?」

ご近所の方たちも、いろいろと気になっていたようでした。

叔父の家がゴミ屋敷だったことが、白日の下にさらされた日でもありました。

庭の木を切るところから

作業でいちばん最初に行われたのは、庭の木を一部切ることでした。

庭側の掃き出し窓から荷物を出して、そのままトラックの荷台まで運ぶ経路を確保するためです。

この伐採にはずいぶん手こずっていたそうですが、私がご近所へのご挨拶から戻ったころには、もう荷物がどんどん運び出されていました。

荷物を運ぶ通り道の邪魔にならないように、という業者さんからの要望もあって、作業のあいだ私たちは家の中に入っていません。すぐそばで待機し、判断が必要なときには声がかかりました。

先に着いていた人たちも、その様子に圧倒されていました。現場は殺気立っていて、言い合う声も、それをなだめる声も聞こえてきたそうです。

片付けの現場を数え切れないほど見てきたであろう方たちを、そんな状態にしてしまうほどの家でした。

袋に詰めて、荷台に乗せる。手前がいっぱいになったら奥へ動かす。その繰り返しで、1台目のトラックはあっという間に満タンになりました。

遺品整理のトラックの荷台。杖やほうき、かばん、段ボール箱などが積み上げられている
トラックの荷台

重要な書類はその場で仕分け

運び出しのあいだ、大事そうな書類が次々とこちらに渡されてきます。

見積もりのときに、重要な書類を探しながら作業してほしいとお願いしてありました。そのぶん、判断するのはこちらの役目です。残すものと処分するものに分け、不要なものはその場でゴミ袋に入れて、作業している方にお返しします。

見ているのは紙です。かさばらないので、つい袋に詰めてしまいます。

「重たくなるので入れすぎないでください、袋の半分くらいまでで。」

そう言われてしまいました。

渡された書類の中には、私たちの知らなかったことが書かれているものもありました。

2階は本だらけ

お昼の休憩をはさんで、午後は2階の荷物です。

2階は本だらけでした。本棚におさまっているものもあれば、部屋のあちこちに積み上がっているものもあります。

見積もりのときにも、本が多いので1冊ずつ何かはさまっていないかを確かめるのは難しい、と言われていました。こちらもそこまでは望んでいません。

作業が進むうちに、手前だけでなく奥にもう1列、本が入っている本棚があるとわかりました。ひと棚で、本の量が倍です。業者さんたちも驚いていました。

貴重品らしきものや家電は、そのつどこちらにまわされます。残すのか処分するのかを決めるのは、私たちでした。箱に入ったままのこたつやテレビも出てきました。

ひより

箱に入ったままのこたつやテレビも出てきたのよ。

しゅん

箱のまま?

最後はすべての扉を開けて確認

日が傾くころ、作業が終わりました。

最後は、業者の方と一緒に確認して回ります。すべての部屋を歩き、押し入れもキッチンのキャビネットも、扉という扉を開けていきました。

片付けが終わった台所。シンクと引き出しの扉が開いたままになっている
空になった台所

部屋の隅に、まとめて置かれているものがあります。

「こちらはどうしますか?」

木の箱に入った壺のようなものや、食器でした。処分をお願いしました。

2階にも小さな箱がいくつかあって、中身はゴルフのトロフィーです。これも処分で、と伝えたところ、

「銀杯なので売れますよ?」

それでもかまいません、と答えました。ところが業者さんが「いや〜これは売った方が…」とやけに推してくるので、結局それだけ引き取ることになりました。

すべてを確認したあと、その場で支払いを済ませました。当日、現金です。55万円を、従兄弟の一人が立て替えてくれました。

庭先で1万円札を「1、2、3」と数えていきます。途中で風にあおられて飛ばされそうになり、みんなであわてました。コントのようでした。

おわりに 〜立ち会う人の仕事

春にしては暑い日でした。作業をしてくださった方たちは、朝から汗だくです。

私が持って行ったのはお茶でした。クーラーボックスで冷やしていったのが、せめてもの救いです。ただ、あれだけ動く現場なら、スポーツドリンクのほうがよかったと思います。お渡ししたのは、600mlを3本ずつくらいでした。

もうひとつ心残りがあるとすれば、時間に余裕のあるうちに、欲しいものや売れそうなものを先に分けておきたかったことです。

本なども、売ればそれなりの金額になったかもしれません。

ただ、尋常ではない量でした。誰がそれをやるのか。そこまでする必要があるのか。話し合った結果、必要なもの以外は処分するという選択をしました。ここは人によって考えの分かれるところだと思います。私も、これが自分の実家だったら別の手段をとったかもしれません。

朝から夕方まで、家の中の作業を私はほとんど見ていません。

それでも、ご近所をまわり、渡される書類を分け、残すものと処分するものを決め、最後は扉という扉を開けて確認しました。

立ち会うというのは、そこにいるだけのことではありませんでした。

荷物がすべて運び出された和室。畳と押し入れだけが残っている
空になった和室

あの日、私たちがしていたのは片付けではなく、判断でした。

ひより

ぜんぶ空になるのに、一日かからなかったのよ。

しゅん

早いもんだな。

ひより

見てるだけかと思ってたら、ずっと何か決めてたわ。

しゅん

そうか〜お疲れさま

叔父のお話は、見積もり編と墓じまい編、相続編もあわせてどうぞ。

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この記事を書いた人

60代おひとりさま。10年前に夫と死別。お墓のないおひとりさまの私が弟と一緒に本気の終活はじめました。6匹の猫と暮らしています。

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